気づき・学び・神経の繋がり

数学、物理、宇宙、テレビ番組、社会、政治、経済、歴史、人物、教育、人工知能、四季、言語、宗教、差別、スポーツ、音楽、アニメなどについて

千尋の吉原     2017/05/22

 今の吉原を歩き、インタビューをしながら調べたテレビ番組を見て、かつての吉原は、あるものに似ていることに気づいた。それは、『千と千尋の神隠し』である。

 湯婆婆がキセルを吸っていること、「それとも一番辛いきつい仕事を死ぬまでやらせてやろうか」という台詞、名を奪い、帰る所がわからなくなるところ、湯屋の入り口が橋でできていて日常世界との境界になっていること、女従業員の住み込みの寝間の密集度、湯女が神様の体を洗っていること、湯女の客に対する媚びを売る声色と服装、男従業員のへつらう接客スマイル、湯婆婆が金銀を集め、従業員から上がりをかき集め、従業員に贅沢をさせないこと、千尋・リン・ハクなどが湯屋から抜け出ることが非常に大変なこと、「その子はもう使い物にならないよ」という台詞、宮崎監督がハンセン病患者など社会的弱者に関心が強いこと、風呂に大浴場がないこと、神様が男だけであること、世界には親の不始末を少女が娼婦になってあがなう物語が多いこと、神と繋がる名の「尋」が贅沢と呼ばれること、最上階の異常な豪華さなどである。

 今まで、働くことの大切さを学ぶ物語などとして見ていたが、また一つ、新たな見方ができることに気づいた。この見方は、瞬間的に否定したくなりがちな見方であるが、絵や小説などの作品、そして、人間の歴史などには、暗部も織り交ざっているので、安易に否定することはできない。

東京観察    2017/06/02 13:00~14:00

 東京湾には、2012年に開通した東京ゲートブリッジという橋がある。今日、この橋を歩いて渡った。平日、昼間、強風で、橋を往復する間、誰ともすれ違わなかった。高い橋の上で、常に風に吹き落されそうな中、1人で歩く心持ちは、奥穂高岳を歩いている時のようであった。ここで、以下のようなことを考えた。


  
 東京の町が建築的に奇跡的だと感じられるのは、海から東京を眺めた時だ。人間の数十億時間分の仕事の証であるビル群が、海という自然界のギリギリまであり、それをわずか数キロメートルの厚さの大気が覆っている。その底辺部には水の蒸発したものが浮かび、さらに数百メートル下には液体の水が湛えられている。経済活動を支えるトラックが湾岸部の道路を走り、船が特定の海路を行き交えるように、秩序だった「浮力を持つ道」が敷き詰められている。数分間という一定の間隔で、空の中の同じ軌道を羽田空港に向けて飛行機が降りて行き、そういった空間の中を私が歩いている。これを奇跡と感じられるのは、今、大災害が起こったらこれらはひとたまりもないが、この瞬間には秩序的に存在しているからだ。そして、大災害が起こることに対する危機感が現実的なものだからだ。遠くに目をやれば、富士山や房総半島も見える自然の中にありながら、東京は、デパートの食器売り場のような、壊れやすい美しさを感じる。

 私は、自転車で西葛西駅から中川に沿って葛西臨海公園へ行き、そこから湾岸道路に沿って新木場に渡り、南下して東京ゲートブリッジに行った。東京は、湾岸道路より外側で、生活の場としての東京で無くなる。東京ゲートブリッジには、東京を外から観察することができる場所という価値がある。これは、高層ビルディングやスカイツリーなどでは感じることが難しい。自分の体を、地理的に外に置きながら、東京の街が見られる地点でないといけない。


 通常とは違う感慨に耽ることができたのは、東京ゲートブリッジの歩道に自分以外の人がいない状況だったからであろう。また、繰り返しになるが、高所で強風にさらされ、興奮しながら、勇み、前に進んでいたからだろう。さらに、生活圏から橋のたもとまで交通機関を使わずに行ったため、観察対象との距離感が持てた。幸運だったのは、もともと行く予定ではなかったが、今朝、たまたま行こうと思い立ったこと、行くことを決めた時刻から次にしなければならないことの時刻までの時間がやりたいことにかかる時間よりも少しだけ長くなるタイミングで行こうと思い立ったことなどで、これらの条件は、東京の町を外から眺める体験を奇跡的に感じさせた。今日を幸せに生きることができた。


 この奇跡の最後をしめくくるのは、東京ゲートブリッジを往復して、橋のたもとに戻ってきた時に起こった。金髪ショートの女性とピエロのお面を被った紫のトゲトゲ頭の人を含む集団に遭遇したのだ。彼らの周りに野次馬はおらず、人々の視線すら集めていないにもかかわらず、タイミングよく目の前を通ったため、気づけた。何かが自分を導いたような一日であった。

つかの間の主役     2017/5/20

アメリカの人口のうち、白人以外の割合は、20世紀初頭から増加傾向にある。20、21世紀を歴史的に見ると、「南北アメリカ大陸に住む人々は、変動し続け、ヨーロッパ大陸からの人種が支配していた時もあった」ということになるかもしれない。


多摩川レベルの川の土手を見ていると、単一植物が優勢を誇る状態が、植物を変えながら続いている。二十日大根、タンポポ、バッタが好きそうなイネ科植物、ススキなどだ。このような同じ土地の主役が入れ替わる事象の一部として、今のアメリカ政治・経済を見取る姿勢は、正しそうである。


そこで、日本は、アメリカに近寄る政治から卒業する準備をしていた方が良い。浮き沈みを何度も繰り返しながら存続してきた国と同様に付き合うことはしない方が良い。日本は、親交国を変えてきた。中国が最も長いが、オランダやドイツなどとも特別なかかわりがあった。アメリカとは、150年程度の付き合いだが、300年続くだろうか。