気づき・学び・神経の繋がり

数学、物理、宇宙、テレビ番組、社会、政治、経済、歴史、人物、教育、人工知能、四季、言語、宗教、差別、スポーツ、音楽、アニメなどについて

千尋の吉原     2017/05/22

 今の吉原を歩き、インタビューをしながら調べたテレビ番組を見て、かつての吉原は、あるものに似ていることに気づいた。それは、『千と千尋の神隠し』である。

 湯婆婆がキセルを吸っていること、「それとも一番辛いきつい仕事を死ぬまでやらせてやろうか」という台詞、名を奪い、帰る所がわからなくなるところ、湯屋の入り口が橋でできていて日常世界との境界になっていること、女従業員の住み込みの寝間の密集度、湯女が神様の体を洗っていること、湯女の客に対する媚びを売る声色と服装、男従業員のへつらう接客スマイル、湯婆婆が金銀を集め、従業員から上がりをかき集め、従業員に贅沢をさせないこと、千尋・リン・ハクなどが湯屋から抜け出ることが非常に大変なこと、「その子はもう使い物にならないよ」という台詞、宮崎監督がハンセン病患者など社会的弱者に関心が強いこと、風呂に大浴場がないこと、神様が男だけであること、世界には親の不始末を少女が娼婦になってあがなう物語が多いこと、神と繋がる名の「尋」が贅沢と呼ばれること、最上階の異常な豪華さなどである。

 今まで、働くことの大切さを学ぶ物語などとして見ていたが、また一つ、新たな見方ができることに気づいた。この見方は、瞬間的に否定したくなりがちな見方であるが、絵や小説などの作品、そして、人間の歴史などには、暗部も織り交ざっているので、安易に否定することはできない。