気づき・学び・神経の繋がり

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男女不平等    2017/02/16・04/16

●0216
 収入のない男を支える女を「貢ぐ女」というが、収入のない女を支える男を「貢ぐ男」とは言わない。「貢ぐ男」とは銀座のクラブの女のもとに通い詰めるような男のことを表す。男女平等を望む女は、まず、働かない男と専業主婦を同等に見なせなければならない。働かない男を蔑み、収入の多い男と結婚することを喜んでいる限り、女は、男と対等に見なされない。旦那が失業して離婚する女はいるが、妻が失業して離婚する男はいない。男は、結婚するときに相手の経済力を当てにしない。


 性別による収入に差のない仕事の創造とそれを支える政治・法律・文化や、物・サービスがお金によって配分されない資本主義以外の体制、性別が自由に替えられる科学技術などが成り立てば、男女平等になる。いや、性別が無くなるか、または、性別が2つではなくなる。


 男の経済力に屈しない女は、大企業、不良、戦勝国、上司に諂う(へつらう)賎しい男よりも仏性が良い。また、そういう女は、年齢を気にしない。若さを求める男に媚びる必要がない。自分の価値を、男に求められる量に置かない。自律する。エディットピアフ、家なき子、ココシャネル、柳原白蓮らも同様の高潔さがある。
(『放浪記』金を持たない男を愛す林芙美子の生き様より)



●0416
 昔、吉原等では、お気に入りの花魁を廓から出し、生活の面倒を見る「身請け」という文化があった。これは、正妻にする場合もあるが、妾とする場合もあった。


 現代では、男性が女性と遊ぶ庶民的な場としてキャバクラ等があるが、この代わりに、店を通さずに、また、場所や行動の制限を排除して、個別的な契約を結ぶ「パパ活」が普及しだした。これは、行動のレベルに応じて契約を結ぶものであるから、援助交際とは異なる。しかし、男のお金と女の華が交換される点で、遊女の身請けと変わらない。これは、言い方をさらに強めると、部分的人身売買と表せる。ここで、人生の一部の時間を提供することによって金銭を得ることを指して部分的人身売買と表現しているから、全ての労働者がこの概念にあてはまるが、「パパ活」は、媚びを売る自分に自尊心が下がるなど、短時間で金銭を手に入れられる分、失うものも多い。同じ傾向の立場には、地下アイドルなどもあるが、悲哀度が違う。


 日本は、確実に、まだ男女平等でない。性別と年齢による収入格差が大きいため、パパ活のような人間関係が成立している。小学生の男女間に能力の優劣はないし、高校生でも各分野の優秀な生徒に男女差はない。


 年収に数百万円の余裕がある男は、「パパ活」に応じられる。サウジアラビアやキルギス等で、男が女の家へ羊等を差し出す代わりに、その女と結婚することがある。男が女に指輪を送って婚約することは、先進国でも一般的である。オスが腕力や美貌、美声、巣のデザイン等々によりメスを射止める生物は数えきれない。アフリカのいくつかの国々で、多くの妻を娶る夫は経済力のある男である。将軍や皇帝などは、もっと大勢を囲っていた。これらの例のように、男女関係と経済には、密接な関係がある。


 男女関係だけでなく、金を持つ者は、コック、画家、衣装係、運転手等々、多くの者を雇っている。男女関係のみを特別視することはないのか。すなわち、男女平等という幻想を前提としているから「パパ活」を悲しく感じるのであって、男女関係の実態は、雇用主と労働者、主人と家来なのか。結婚は、女が多額の生活費の内定を得たようなものであるから、男よりも女の喜びが大きい。離婚した時、貧困に陥りやすいのは女の方である。男が失業した時、離婚を迫る女は多い。したがって、女は、男とくっついても離れても、男の経済下にある。やはり、女と男の間には社会的な主従関係ができてしまっている。この言い方はひどいが、経済的不平等を人為的に作り出し、維持している点で、社会の実態を表している。女は男よりも能力が低いから男より経済力がもちづらいのではなく、政治や法律、教育などにより、低い地位に置かれている。これは、白人と黒人や、ドイツ人とユダヤ人などと同じ、生物的、論理的には差のない、差別である。


 以上より、パパ活は、日本に男女不平等があることを目の前につきつける具体例であって、社会問題の根本ではない。