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一億総?   2017/04/30

 相模原障害者殺人事件に対して、「障害者も精いっぱい生きているんだから殺すなんてかわいそう。犯人はひどいやつだ。」というのは、小学生の典型的な感想である。中高生以上は、このニュースが大きく取り上げられ、反響が大きかった社会的な理由を考えることに価値がある。
 現在、広がりつつある認識の仕方は、多くの日本人が、仕事・消費・結婚などにおいて、より良いもの(物・者)ばかり求め、非常に狭い「適者」の条件を目指し、過剰な競争の中で、生きている。その生き方は、障害者は無用な存在だという犯人の考え方と同じ方向を向いていないか、我々の中に、部分的な犯人の考えがあるのではないか、犯人は日本社会全体の価値観の問題点を告発したととらえるべきではないのかという認識の仕方である。つまり、多様性の否定への非難である。


 社会的に弱い立場にあり、差別や不公平な扱いを受けやすい立場には、障害者、LGBT、無職、生活保護受給者、被災者、癌患者、貧困児童生徒、沖縄県民、高齢者、外国人、犯罪被害者及びその家族などがある。これらの立場は、人数が少ないから扱いが悪いのではない。例えば、オーボエ奏者、モーグル選手、絵本作家、和船大工などは、人口が少ないが、蔑まれない。社会的弱者は、主流派の人々から、距離を取りたいと思われる存在になっているため、待遇が悪いのである。より経済的に豊かで、頭や顔などのよい伴侶をもち、健康で快適で安全で平和で長い人生を送りたいという欲求を持つ人々は、メリットのない人間関係を排除する。アフリカの飢餓や中東の移民の存在を知りつつも直接的な行動をしないことと同様に、同じ国内の人々に対してすら、困難な立場があるのを知りつつ救わない価値観が横行している。一方で、社会に対して満足している人々の割合は、高水準を維持している。この状況は、関東大震災が起こるか富士山が噴火するかでもしない限り、変わりそうにない。主流派の現状が危ういとき、多様性の肯定が起こる。