気づき・学び・神経の繋がり

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論理的思考力の生活化   2017/02/23

 3日前の2月20日(月)、鼻で花粉を感じた。その後、花粉飛散情報を調べたところ、関東では2月20日が飛散開始時期だと知らせていて、嬉しかった。花粉症歴が3年になり、大分感度が良くなったようである。嬉しいか?


 さて、私は、この冬、暖房器具として湯たんぽを最も多く使った。私の湯たんぽは、湯の注ぎ口に円柱状の出っ張った部分がある。その湯たんぽに注ぎ口ギリギリまで湯を注ぎ、数秒たつと、水面が下がり、円柱状の注ぎ口の部分の湯が無くなることに気づいた。このことには、冬のかなり早い段階で気づき、当然のことながら、湯たんぽが膨張したからだろうと考えた。しかし、「湯たんぽの水位が下がったのは、湯の熱で湯たんぽが膨張したためである」ことの確実な証拠をつかむことをしないまま、数か月を過ごした。「たぶん」で済ませたのである。


 ある朝、すっかり冷たくなった湯たんぽの中の水をやかんに入れ、温めようとしたが、その前にきれいな水でお茶を入れようと、一度やかんに移した湯たんぽの水を、再び湯たんぽに戻した。この時、長い間「たぶん」で済ませていた予測の証拠が得られた。つまり、冷たい水を湯たんぽに入れた時、入れ終わった直後の水位はしばらくしても下がらないことを観察することができたのである。わかってしまうと当たり前だが、お湯を入れて湯たんぽが膨張することを証明するためには、水を入れて膨張しないことを示せばいいのであった。


 今、中学入試では、このような論理的に考える力を試す問題が増えている。こういった科学的思考力をもった生徒に入学してほしいという傾向が強まっているのであろう。私が小学生の頃は、「シーチキンは主に何の生き物からできているか」「ぎんなんは何という植物の実か」などの問題が流行っていた。どちらの時代も、身近な物事への関心を試している点は共通しているが、知識よりも思考力を重視する点が変わった。


 科学的に考える力を養う授業は、実は、小学5年の理科などで扱われている。例えば、「『アサガオの実ができるためにはめしべに花粉がつくことが必要だ』ということを調べるためには、どうすればいいか」などだ。小学校の指導例には、以下の実験が載っている。
(1)開花する前のアサガオのつぼみを2つ用意する
(2)2つのつぼみにカッターで切れ目を入れ、おしべを全て取り除く【※1】【※2】
(3)2つのうち一方のめしべに、他のアサガオの花粉を人工的につける
(4)2つのアサガオの花にビニール袋をかぶせ、根元をモールなどでしばる
(5)開花した後、実ができるかどうか調べる
【※1】おしべの先にある花粉の入った袋状の「やく」は、開花するまで破れず、花粉がめしべにつくことはない。
【※2】2つのアサガオの花で、一方のめしべに花粉をつけること以外の条件をそろえるため、2つともおしべを取り除く必要がある。


 この実験に加え、めしべの先に花粉がついているところを顕微鏡で見ることを行うことにより、「花粉をつけないアサガオの花には実ができなかったが、めしべの先に花粉をつけるという差しかないアサガオの花には実ができたのだから、アサガオの実ができるためには、めしべに花粉がつくことが必要である」という考え方が身につく。冒頭の出来事では、水の熱以外の条件をそろえて、湯たんぽが膨張するかどうかを調べたことになる。小学校の授業は、このような思考力が身につくように組まれている。


 よって、今、中学入試で流行している思考力を問う問題は、文部科学省からすれば、全ての児童が解けなければならない問題である。また、昔風の、長時間の受験勉強をしなくても、普段から疑問を親に聞いて答えてもらったり、一緒に調べたり、自分で調べたりしていれば解ける問題である。ただし、育てる方にとっては、どのような準備をさせたらよいか、簡単には見つけられない問題である。まだ同類の過去問も多くない。だから、私は、日々、日常生活の中から疑問を見つけ、解決し、その記録を蓄えていく生活を心がける。