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「もう完全に日本人じゃん」の基準   2017/04/09

 中高生には、大人になったと感じる瞬間がある。これには、「1人で電車に乗ったとき」や「さび抜きを頼まなくなったとき」などから「自分の親を、多くの大人の中でどのようなタイプか客観的に評価できるようになったとき」や「子どもを産んだとき」まで無数にある。
 これと同様に、日本に詳しい外国人が完全に日本人と同等と認められるラインも多様な基準があり、議論するのに面白いテーマである。例えば、「日本語が話せるだけでなく漢字が読める」「日本の○○について詳しい」「日本の文化を理解していないと笑えないジョークが理解できる」などだ。このような基準の中でも、最も到達するのが難しい日本人と見なせる条件の1つは、「街を歩く人々の中から中国や韓国の人に、会話を聞かずに、目だけで気づく」というものである。これは、私が、ロシア人とエストニア人を見分けられないどころか、イタリア人とイギリス人でさえ見分けることができないことと同様に、肌の色の違う人種の人にとっては非常に難しいことである。かなり長い時間日本に住み、日本人特有の動き、身のこなし、服装、メイク、髪型等を把握していないと、この僅かな差に気づくことはできない。逆説的に言えば、私は、人々の中から中国や韓国の人が見分けられたときに、自分が日本人だと感じるということである。

※ この話は、人種、国籍、宗教、移民などの政治的対立を招きやすい問題を話題にしていない。学校や喫茶店、居酒屋などで友達と話している時の話題のような、一人一人の認識の違いを楽しむことに主眼を置いている。