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東京の広場     2017/03/18

 ブラジルの年越しでは、コパカナビーチに集まり、海上に上がる花火を見る人々が大勢いる。イタリアのシエナでは、小地区(町内会レベル)ごとに馬と騎手を選び、競馬を行うことが、年中行事となっている。世界には、このような大勢が集まり、その地域の市民であることを実感するための場所がある。

 ところが、東京にはこのような場がない。皇太子御成婚やオリンピック祝賀会等は、道路で行われてきた。何か祭や儀式をするために、数千~数万人が集まれる広い場所があるといい。サッカースタジアム等の条件を満たした人が入れる施設ではなく、日常的に市民が自由に出入りできる広い場所である。

 私は、こういった人々の気持ちが自然と見つけた場が、渋谷のスクランブル交差点ではないだろうかと考えた。2002年の日韓共催W杯と2011年のなでしこ優勝などを大きな契機に、渋谷は多くの人々と一緒に祝いたい気持ちを受け止める場所になった。ただ広いだけであれば、〇〇恩賜公園や土手などたくさんあるが、それらの場所は祝うために集まる気にさせる魅力がない。渋谷と同じようなすり鉢状の地形は、渋谷以外にもあるだろう。しかし、ヨーロッパの広場には、「みんなの注目が集まる場所」という意味があり、建築的に、そういう役割を意図的に演出している(中心が低い、周りを建物に囲まれている、道や川が集まる交差点など)。この条件を最も満たす場所は、東京では渋谷のスクランブル交差点である。

 東京は、歴史的に、あまり市民が一体となって祝う機会を経験してきていないため、その機能を持つ場所がなかったのではないだろうか。そして、最近になってようやく、市民がその市の市民であることに誇りを感じられる場所を求めるようになったのではないだろうか。ハロウィンや年越しを祝う人々の行動を見て、人々の自然な気持ちが街に求めた機能を感じた。東京には、祝祭の場としての広場があるといい。